自分を知っている人が誰もいないという開放感

旅行に出かける理由はいろいろありますが、一番の喜びは、旅先での解放感ではないでしょうか。この解放感は、自分を知っている人が誰もいないという心理に起因します。つまり、自分が恥をかいたり、失敗したり、あるいは、破廉恥なことをしても、そのことで後々困ることは起こらないと思うからです。

旅先にいる自分は、家庭や職場の私ではなくて、どこの誰だかわからないような匿名性をもった、一人の人間なのです。このように、自分を見つめることを忘れ、他人から批判される懸念も薄れ、恥とか罪とかによる自己規制も弱まり、いつもならしないような行動をとることを、没個性化現象と言います。

こうした没個性化は、大勢の見知らぬ人々の中にいる時や群衆の中にいる時、自分が誰だか人にわからないような時に現われます。サングラスをかけるのも、大学生が学園祭で仮装行列などに熱心になるのも、同様な心理かもしれません。

自分が誰だか相手に知られていない時の深層心理

このような現象を知るための一つの実験例を紹介しましょう。ジンバルドーは、匿名性と攻撃行動との関係を次のような方法で調べています。

一グループ4人の女子大生は、他人の気持ちにどれだけ共感できるかを調べるための実験に参加します。もちろん、これは表向きの目的です。実験を始めるに当たって、お互いの顔の表情がわかってしまうと実験に影響が出てしまうからと説明し、目と口のところにだけ小さな穴のあいた袋のような実験衣を着せてしまいます。

女子大生の被験者のうち、半数は、この状態で実験に参加します。この状態は、誰が誰だか絶対にわかりませんので、没個性化の状況と呼びます。残りの半数は、同じ服装をしていますが、胸に大きな名札をつけます。この状況は、お互いの名前かわかってしまうので、個性化の状況と呼びます。

次に、実験者が以前に若い女性と面接した時の2種類のテープを、被験者たちに聞かせます。一つのテープには、とても良い印象を与える女性との会話が録音されています。この女性は、医学部に在学している兄の学費をつくるためにアルバイトをしているという人で、けなげで心がやさしく、とても感じが良いという印象を受けるように工夫されています。

もう一つのテープには、とても不快な印象を与える女性との会話か録音されています。この女性は、モデルをしながらデートするためのおこづかいを稼いでいるという人で、自己中心的で、大いに気に障る人という印象を受けるように工夫されています。さらに次の段階では、一方透視窓の向こう側で実験者と話している若い女性を被験者に観察させ、その女性の気持ちを判断するよう求めます。

その際、この女性は電気ショックを受ける実験のために来ている被験者であると伝えます。ついては、ちょうど良い折だから、電気ショックを与える役をやりながら、この女性の気持ちを判断して欲しいと頼みます。そこで、4人は別々のボックスに入り、合図のランプがついたらショックを与えるボタンを押し、止めの合図があるまで押しているように指示されます。

電気ショックの実験を始める前に、「向こう側にいる女性の被験者は、さきほどテープに登場した人です」と伝えます。そこで、良い印象を与えた女性と不快な印象を与えた女性が、それぞれ被験者として4人の前に現われます。実験が始まると、電気ショックを受けている女性が、身をよじったり、顔を歪めたりして、苦しそうにしている様子が見えてきます。

電気ショックを与える役の被験者は、苦しそうな様子を見て、気の毒だと思えば、合図を無視してボタンを押すのをこっそり止めることかできます。なぜならば、仲間の誰がボタンを押しているのかわからないようになっていたからです。実験者は、被験者が実際にボタンを押した回数と、ボタンを押していた時間を記録しました。

その結果、被験者がボタンを押し続けていた平均時間ですが、自分か誰だがわからないような、没個性化の条件の場合の方が、より長く電気ショックを与えていました。そして、没個性化の条件の中では、不快な印象をもった相手に対するほど、ショックを与える時間も長いことが明らかになりました。

このような実験を通して、人は自分が誰だかわからないような時には、他人に対してかなり冷酷になれるものだということがはっきりしました。特に、相手が気に障る嫌な人であれば、その傾向は一層顕著になることもわかりました。紹介した実験は攻撃性だけに関するものでしたが、この結果だけでも、没個性化のもつ恐ろしさを十分に教えてくれます。

— posted by pippin at 12:28 am