日本の会社にこだわっていた自分がバカだった

そうかと思えば、こんな対照的な例もある。これは知り合いの話である。彼は京都大学法学部土竿業後、大手海運会社に入社した。この会社には超ワンマンの実力社長がいて、会長になってからも縦横無尽に権力を振るったのだが、たまたま彼は入社後しばらくして、その社長にたいへん気に入られることになった。で、オマエはいつもオレの身近に居ろということで専属秘書役のような役割をおおせつかった。

朝、社長が出社してくると、今朝の新聞にはわが社関連の記事がこういう具合に載っていました、世界情勢はこうなっています、為替レートはこうですと、昔でいえば殿様の御進講役みたいなものを務めたのである。社長の絶対的な威光があるから、彼はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで名前が社内に知れ渡り、常務クラスでさえまだ若かった彼にペコペコする人がいたくらいだ。そんな生活を送るなかで、彼は自分か将来の社長候補だと思い込んでいたのだが、その実力会長が引退してしばらくしたら、突然、子会社の社長に飛ばされることになった。

望んでいた本社の社長の椅子どころか、彼は取締役にも残れなかったのだ。その子会社も一応海運会社だが、なんと船を一隻しか持っていなかった。ただし、その船は政府が調査船として借り上げているから、確実に収益が上がって食うには困らない。その代わりに彼が社長としてやるべき仕事は何もなかったのである。これはあまりの仕打ちではないかということで相談にやってきた。彼は学生時代、外交官試験を受けるつもりで英語をよく勉強していたし、海外留学も経験していたので、こんな提案をした。

「お前、英語ができるんだから、思いきって外資系の会社に勤めたらどうだ」

「いいけど、どうすればいいんだ」

「ヘッドハンティング会社に登録したらいい」

「そんな方法があるのか」

そこで紹介したヘッドハンティング会社に彼は登録に行った。登録したら、すぐにいくつものよいオファーがきて、彼は世界でも1、2を争う海運会社の日本法人社長になった。そこは何十隻いや何百隻も船を持っている。水を得た魚よろしく、彼はその会社でバリバリ活躍し始め、収入のほうも3倍から4倍に増えたと大喜びしてこういった。

「いやぁ、あのときのアドバイスにしたがって、本当によかった。日本の会社にこだわっていた自分がバカだった。いまのほうが収入だけではなく縦横無尽に活躍できてナンボも幸せだ。まして、あんな子会社の仕長なんかにならないで絶対に正解だったよ」

NTTドコモで不動の本命、社長候補といわれていた津田志郎さん(元副社長)も同じような心境だったのだろう。ドコモの子会社の社長ポストを潔しとせず、ボーダフォンの社長兼最高経営責任者(CEO)に転籍して世間を驚かせたが、当人の気持ちはサラリーマンをした人ならある程度わかるのではないか。

— posted by Chapman at 11:21 pm